ストーク マンデビル。 パラリンピックの「パラ」の意味 障害者の苦難と希望の歴史がそこにある

パラリンピックの意味と語源・歴史まで簡単に子供向けに説明します

ストーク マンデビル

パラリンピックの意味と語源 パラリンピックという名前の意味と語源はどこからきたのでしょうか。 パラリンピックの言葉が意味するのは、 身体に障害のある人達が選手として参加する世界最高の総合競技大会ということです。 身体に障害のある人達といっても聴覚障害者は対象とはなりません。 聴覚障害者は、身体障害者のオリンピック「パラリンピック」に対し「デフリンピック(Deaflympics)」という、ろう者のための国際的なスポーツ大会が開催されています。 パラリンピックは身体障害者のほかに脳性麻痺、視覚・知的障害者も対象となります。 語源は、 paraplegia(パラプレジア:下半身のみの運動麻痺)と olimipic オリンピック が合体して名付けた造語だと言われています。 オリンピックに似た言葉なのでオリンピックとパラが合体したものじゃないかと思っていた方は正解です! またpara(パラ)には、~の近くに、~に似る、もう一つのなどの意味があることから、 もう一つのオリンピックという意味もあります。 パラリンピックの歴史を簡単に振り返る パラリンピックの歴史を簡単に振り返ると 障害者によるスポーツ競技は、20世紀初め頃から各地で行われていたという記録はあります。 しかし、はっきり競技と言えるものかははっきりせず、言い伝えのようなものもあります。 現在のパラリンピックの起源と認められる大会は、第二次世界大戦後の1948年に開催されています。 それはロンドンオリンピックの開会式と同じ日に、 イギリスのマンデビル病院内で行われた、「 ストーク・マンデビル競技大会」なのです。 病院内で行った大会で、戦争で負傷して帰国した兵士達の リハビリーの一環として、男子14名、女子2名合計16名の 車椅子患者による、アーチェリー大会でした。 下半身は不自由でも、上半身でアーチェリーはできたのです。 手術よりも負傷したけれど動かせる上半身を活かすリハビリによって、回復を目指すという目的があったのですね。 その後も毎年続けて行われたこの大会には、1952年に初めてオランダが参加し、1960年にはベルギー、イタリア、イギリス、オランダ、フランスの5ヵ国による「 国際ストーク・マンデビル大会」になりました。 少しずつ参加国が増えてきます。 そしてこの年には、オリンピックがローマで開催されましたが、それに合わせるように同じローマにおいて第9回国際ストーク・マンデビル大会も行われたのです。 現在と同じようにローマではオリンピックと同年・同場所で行われたので、そののちにパラリンピック第1回の起源、はじまりと呼ばれても違和感はないということですね。 そして4年に1回行うパラリンピックは、あらゆる身体に障害をもつ選手達の競技大会としてどんどん成長していきます。 毎年行っている国際ストーク・マンデビル大会の方は、車椅子のアスリートのための総合競技大会として、今では「 IWAS世界競技大会」になっています。 スポンサーリンク パラリンピックの歴史を子供向けに説明すると パラリンピックの歴史を子供向けにもわかりやすく説明してきましたが、簡単にまとめると下のような時系列になるので参考にしてくださいね。 1948年・・・イギリスのストーク・マンデビル病院の障害者によるアーチェリー大会が起源。 1960年・・・ロンドンオリンピックと同時に行った国際ストーク・マンデビル競技大会が、第1回パラリンピックとなりました。 1976年・・・冬季大会もオリンピックと同じ都市で開催されることになりました。 1988年・・・ソウル大会から、パラリンピックが正式名称になりました。 1989年・・・IPC(国際パラリンピック委員会)がドイツに設立され、継続的に運営されるようになりました。 2000年・・・シドニーオリンピックの時に、IOC(国際オリンピック委員会)とIPCが協定を結び、同時開催が義務化になりました。 パラリンピックのマークもオリンピックと違いますよね、そのマークの意味ついてはこちらをご覧くださいね。 パラリンピックの歴史は簡単に覚えることができますよね。 パラリンピックは負傷した兵士たちが病院でリハビリと娯楽としての歴史があることを子供向けにも説明しました。 始めは病院での小さな競技大会から始まったのが、やがて、オリンピックと並ぶ世界的な総合競技大会になったということです。 2020年の8月に東京オリンピックが閉会したあとに、同じ8月にパラリンピックが始まる予定でしたが、新型コロナウイルス感染拡大防止のため1年間延期が決定してしまいました。 非常に残念ではありますが、2021年に日本で開催されることを願いましょう。

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発祥の地で見えた、パラリンピックの歴史と現実=現地取材記

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史上最多の164の国と地域が参加して8月29日に開幕した、ロンドンパラリンピック。 その公式キャラクターとなっているのが、「マンデビル」だ。 この名前はロンドンから電車でおよそ1時間ほどにある小さな街、ストーク・マンデビルにちなんでいる。 この地に存在するのがストーク・マンデビル病院。 第2次世界大戦で負傷した兵士のリハビリ施設であったこの病院で、ある1人の医師の呼び掛けでスポーツ大会が開かれた。 これが障害者スポーツのきっかけとなり、後に、パラリンピックへと発展していった。 ストーク・マンデビルが、パラリンピック発祥の地とされている所以(ゆえん)である。 これほどのビックイベントへと成長した原点とは、どのような場所なのか。 熱戦が行われているロンドンを抜け、発祥の地へと向かった。 最寄りのアリスバーリー駅に到着し、小さな街を歩く。 非常に緑豊かな場所で、立ち並ぶレンガ造りの家にはガーデニングが施され、英国の典型的な片田舎の風景が広がっていた。 30分ほど歩くと、目的地であるストーク・マンデビル病院が見えてきた。 第2次世界大戦の最中、この病院で脊髄損傷者センターの初代センター長となったのが、「パラリンピックの父」ルードウィッヒ・グットマン医師だった。 増加する負傷兵士の治療と社会復帰を目的に、「手術よりスポーツを」と、グットマン医師はスポーツを治療に取り入れる。 前述したパラリンピックの起源となるのは、1948年7月29日のこと。 ロンドン五輪の開会式が行われたその日、この地では入院患者16人を集めたアーチェリー大会が開かれた。 これが、第1回のストーク・マンデビル大会だ。 大会は毎年開かれ、52年にはオランダも参加する国際大会に。 その後、現代のパラリンピックの形式へと拡大を続けていった。

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ストーク・マンデヴィル・ホスピタル

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パラリンピックは、ドイツのボンに本部を置く国際パラリンピック委員会(IPC:International Paralympic Committee)が主催する、身体障がい者スポーツの総合競技大会です。 1948年にロンドンでオリンピックの開会式がおこなわれたのと同じ日に、イギリスのストーク・マンデビル病院にて、第二次世界大戦で負傷した兵士たちのリハビリとして開催された競技大会が起源だとされています。 これはドイツ出身の医師ルートヴィヒ・グットマンが提唱したもので、入院患者向けの競技大会として毎年開催されていました。 やがて1952年には国際大会となり、1960年にはグットマンが会長となって「国際ストーク・マンデビル大会委員会」が結成されます。 1988年のソウル大会から、「パラリンピック」が正式名称となり、1989年にはIPCが設立されて、オリンピックと同一の都市で開催することとなりました。 シンボルマークは、2004年のアテネ大会から使用されている3代目。 世界の国旗でもっとも多く使われているという赤・青・緑の3色を用い、人間のもっとも大切な「心(スピリット)」「体(ボディ)」「魂(マインド)」を表しています。 パラリンピックの原点は、戦争で負傷した兵士たちの社会復帰を進めるためのリハビリで、その目的は「福祉」でした。 IPCは、スポーツを通じて障がいのある人にとってよりよい共生社会を実現することを理念とし、「勇気(負の感情に向き合い、克服しようとする精神力)」、「強い意志(難題に対し諦めることなく己の限界を突破しようとする力)」、「インスピレーション(心を揺さぶり、駆り立てる力)」、「公平(多様性を認める力)」の4つの価値を重視しています。 ただオリンピックと同様に、パラリンピックもまた障がい者スポーツの最高峰とみなされるようになり、福祉的な側面よりも競技的な側面に注目が集まるようになっていきました。 日本でも、福祉の観点から長らく厚生労働省の管轄下にありましたが、2014年からはスポーツ振興の観点から文部科学省へ移管されました。 1988年のソウル大会以降はオリンピックと同一の開催地となったことから、パラリンピックへの注目度もより一層高まっています。 障がい者スポーツへの認知度向上などの成果があった反面、オリンピックと同様にメダルを獲得できるかどうかに関心が集まることから、ドーピングや競技用車椅子などの高額化、障がい者を装った健常者の出場などの問題点も指摘されているのが現状です。 パラリンピックならではの競技ルールを紹介!陸上や水泳など 2020年に開催される東京パラリンピックでは、22競技539種目が実施されることが決定しました。 そのうち陸上が168種目、水泳が146種目と、2競技だけで60%近くを占めていて、花形競技といえるでしょう。 陸上では、視覚障がい、車椅子や義足などの下肢障がいなど、障がいの種類や程度によって細かくグループ分けがされています。 車椅子競技では「レーサー」と呼ばれる専用の車椅子を使うのですが、下り坂では時速50kmものスピードが出ることもあり、かなりの迫力です。 また視覚障がい者は「ガイドランナー」と呼ばれる伴走者と一緒に走ったり、跳躍や投てきなどの種目では「コーラー」と呼ばれる人の指示で競技をしたりしています。 水泳でも、障がいの種類や程度によって細かくグループ分けがされています。 飛び込みスタートが困難な選手は水中スタートが認められている点や、ゴールタッチやターンの際に壁にぶつかるのを防ぐため、コーチが「タッピングバー」という棒を使って壁の接近を知らせる点などが一般の競技と異なる部分です。 その他、パラリンピックの原点であるストーク・マンデビル病院からおこなわれているアーチェリーや、スピード感あふれる車椅子バスケットボール、座ったままおこなうシッティングバレーボールなども、近年人気を集めています。 2020年の東京大会では、新たにバドミントンが正式種目として採用されました。 SU5クラス(上肢機能障がいなど)で世界ランキング1位になった鈴木亜弥子選手に期待がかかっています。 パラリンピックの「パラ」とはどんな意味? 「パラリンピック」という名称はもともと、1964年の東京オリンピックにあわせて開催された、第13回国際ストーク・マンデビル競技大会の愛称でした。 下半身麻痺者を示す「パラプレジア」という言葉と、「オリンピック」を掛け合わせた造語です。 1985年、IOCが「パラリンピック」を正式な大会名として使用することを認め、この時点でパラブレジア以外の障がい者も数多く参加していたことから、意味をギリシャ語の「パラ」と「オリンピック」を掛け合わせたものに変更しました。 ギリシャ語の「パラ」は英語の「パラレル」の語源となった言葉で、「もうひとつの」という意味があります。 1988年のソウル大会から正式名称となり、この時にさかのぼって1960年のストーク・マンデビル競技大会が第1回パラリンピックとされました。

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