千と千尋の神隠し 腐れがみ。 原発と顔無し 千と千尋と腐れ神

千と千尋の神隠しキャラクター声優一覧!カエル声優やハクに坊&白い神様の名前は?(ページ3)

千と千尋の神隠し 腐れがみ

投稿日:2014年10月25日 3月11日の東北大震災の津波の映像をたくさんみた次の日。 偶然ですが、この映画をみました。 以前、ヒアアフターという映画で津波で主人公が 波にもみくちゃにされるという映像がありましたが 水勢いを伝える為、あえて透明の水を使用したそうです。 今回のこのインポッシブルは濁流の中 母親が、ガレキにフクラハギをえぐられるシーン 何が起こってるのか分からないほどの画像となってます。 実際はこんなものではないだろうとは思いますが それでも恐ろしさを感じる映像です。 母と長男、父と二男三男はそれぞれ偶然にも再会出来ますが 混乱の中またバラバラになってしまいます。 父親と子供たちが再び再会するシーンでは…号泣です。 小さいこの涙は…あかんっ!見るだけで泣けるっ! その後、家族全員がまた再会出来るわけですが 混乱の中、何を優先するべきなのか考えさせられます。 実話をもとにしたこの作品。 この母マリアのように、強い意思、 自分が傷ついても他人を思いやる気持ちが アタシに持てるとは到底思えませんでした。 いざという時、アタシは強い母でいれるだろうか? …自信ないや。 情けは人の為ならず 投稿日:2014年6月1日 映像があまりにも生々しい。 私は被災者ではないが津波の恐ろしさがよくわかった。 とても恐ろしい。 津波に飲み込まれながらも辛うじて生き延びた母と長男。 だが、母は血だらけで歩くことさえままならない。 そんな状態にもかかわらず母は生存者を探そうとする。 またいつ津波が来るかわからない。 だから安全な場所への避難を優先させたがる長男。 だか、母の強い熱意が伝わり、自分にできる最大限のことをしだす。 大惨事に巻き込まれたら自分を優先されるのは当たり前。 だが、この家族は他人を優先させて行動した。 それが報われて結果的に再開できた。 感動の素晴らしい作品。 作品賞とってもおかしくないほど。 ぜひみてください。 3人の子役は何気に名演だと思う 投稿日:2013年7月2日 もう3年が経過した東日本大震災。 地震そのもので亡くなられた方よりも津波が多くの尊い命が失われたことで、日本人の記憶にはまだ鮮明に残っている。 しかし、津波被害では遡ること9年前に東南アジアで起こったスマトラ島沖地震のほうが規模も被害も桁はずれに甚大だった。 本作は、そんなスマトラ島沖地震の津波に被災したスペイン人一家の実話をもとに構成された作品となっています。 津波の描写という意味では、映画作品という意味でもある意味被災した(上映が急遽中止になった)イーストウッドの「ヒア・アフター」という作品でも一部津波の描写があったが、迫力やその場にいるような臨場感という意味では本作が何倍も上。 津波そのものの恐ろしさということもあるけど、交通網も、通信網も次々と寸断され、異国の地で全く孤立してしまうという恐ろしさというのもジワジワと浮き上がってくる。 そんな中で頼りになるのは周りの人の何気ない支え合いであることが、映画を観ていてもよく分かる。 津波の圧倒的な描写力も津波被害を受けている日本の方が見ると心を痛めるかもしれないが、主人公の家族が少し上流階級の人々というのも観ていて少し引っかかるかもしれない。 実話なので仕方がないが、多くの人々が被害にあっているのに、この家族と周りの人々が都合よく助かっているのが鼻持ちならなく感じてしまうのも事実だ。 でも、各俳優陣(特に3人の子役の名演が光る)はそれぞれ真摯に演じているので、高飛車な雰囲気をできるだけ抑えた比較的落ち着いた作品になっていると思う。 離れてはいけない。 もちろん、大津波が押し寄せて流されたこともあるのだが、 一番怖かったのは、これが異国の地であることだった。 言葉が通じないこと、習慣や ある意味で モラルの違い、 バカンスを過ごすのにどんなに適したリゾート地だろうと、 災害に見舞われれば一気に悪夢の地と化すのである。 実話を元に描かれたこの物語は、 つまり最終的に家族が出逢える…ことが分かっていながらも、 災害後の、こんな途方もない映像が延々と続くのか…という、 何をどう捉えて、どう行動すればいいのか、が試される作り。 5人いた家族は辛くも命は助かるのだが、一家はバラバラ。 長男と母親。 次男三男と父親。 大怪我を負った母親は、長男と共に木の上に逃げ延びたのち、 現地人に救助される。 だが… 収容先の病院はもちろん遺体と重症患者で溢れかえっている。 出血が止まらない母親がどんどん弱っていく中、 母親の助言で周囲の助けに奔走していた長男が、戻ると 母親がいない!消えてしまった母親を狂ったように探しまわる。 なんなの!これ~。 せっかく助かってもまったく安心できないじゃない。 確かに災害時に物事が真っ当に動くはずがない。 のは分かるが、 それにしても、なんでこんなことが起こってしまうのか!? 所変われば~なんていっていられない状況が続く。 中盤以降は並行して父親が二人の息子を高台へと預け、妻と 息子を探し求める姿が延々と映し出される。 まさに気が狂いそうな父親の心情をユアンが熱演!するが、 こちらも預けたはずの子供たちが、なぜかトラックに乗せられ… という奇妙な光景に出くわす。 これが何だったのか?最後まで説明はなかったが、もしも あのまま子供たちがどこぞやへ連れて行かれたら、またしても 家族がバラバラになってしまう。 本当に怖い話だ。 ケータイも使えないこんな状況で、もしも生きていたならば、 絶対に家族と離れてはいけないと痛感した。 ことに海外では。 母親N・ワッツが大熱演。 さすがアカデミー賞にノミネートされるくらいの演技だった。 いや、演技とは思えないリアルさに満ちていた。 彼女が美しい妻の姿でいられるのは、冒頭のほんの10分足らず。 被災してからほぼ半裸でボロボロの姿となり、重傷患者と化す。 それでも息子を率いて、自力で木に這い上がる姿や、 自分は大丈夫だから、周囲の人の助けになりなさい。 と気丈な 振る舞いを続ける。 ものすごいお母さんである。 だけど、このまま夫と逢えなかったら…とそう思っただけで怖い。 日に日に弱っていく姿が酷く、何回も目を背けてしまったほどだ。 不可能を可能にしたのは、彼女のそんな壮絶な姿でもある。 どんなに万全の備えをしても、自然災害は想定外に起こる。 もしも海外の離島であったら、これほど恐ろしいことはない。 津波の恐ろしさは、日本人なら思い出してしまいそうだが、 かなりリアルだった。 2004年のこの被害も忘れてはいけなかった。 どれだけの人が亡くなったのかは分からない。 本作では主人公一家にスポットを当て、他者のその後はほとんど 描かれていない。 描かれているのは助かった人間がメインである。 ドキュメンタリーとはいえ、個人の回想劇だからこれは仕方ない。 彼らのように出逢うことができた家族が多かったことを祈るばかり。 手を合わせるようにドキドキしながら見守る作品である。 旅先では万が一のことを考えなければならないという問題提起と、 サバイバル能力、絶対に諦めない生きる勇気を再確認させられる。 J・チャップリンの老婆も忘れ難い。 不思議な活力を長男に与える 本当に色々なことを考えさせられた映画です。 実際に席を立つお客さんも居ました。 命からがら流れ着いたそこは、かつて観光地と呼ばれていた場所とは 思えない「地獄」そのもの。 父、二人の弟、そして母を 一時的に 失い、独りとなってしまったルーカスの悲しみや、妻と子を想い危険な夜道の中彼女らを探すヘンリーの気持ちは想像してもしきれません。 お互い死んだと思っていた兄弟が奇跡的に出会い、お互いの名前を 叫びながら抱擁するシーンは感動しました。 そして飛行機でスマトラ島を発つラストカット。 マリアの腕に書かれた「見知らぬ被災者の名前」や、ルーカスが被災地の児童所で貼られた「ネームシール」、被災地で知り会った男性からヘンリーが受けとった「置き手紙」。 あの大津波の中、奇跡的に失うものが何もなかった5人家族は、スマトラ島から持ち帰った「お土産」を見て、果たして何を思ったのでしょうか……? 今作ではいわゆる「泣ける」シーンは沢山ありました。 しかしこの涙の理由は、流した本人すら理由を解読できずにいます。 家族を失った悲しみに共感した涙だったのか、絶望の最中1さじ程の喜びを見出せた事によるうれし涙なのか、それとも自然災害の脅威に怖れたあまり流れ出た涙なのか……。 日本は2011年3月11日に大津波を経験し、今もなお多くの日本人に傷を残しています。 本当は万人に薦めたい作品ですが、残念ながらそれも叶いません。 一昨年の事を想うとあまりにもリアル過ぎて……。 この作品は大津波の恐怖を本当にありのまま、何の修正も入れる事無く表現しています。 しかしこの作品を通じて皆さんに「何か」を感じとっていただければと思い、レビューとして残します。 心の準備をしっかりした上で劇場へ足をお運びください。 子供たちの成長 投稿日:2013年6月18日 東日本大震災後、「ヒア アフター」や「TUNAMI」などの津波系の映画があったけど、公開延期などが相次いだ。 被害にあった方からしてみると、こんなものは観たくないと思うかもしれない。 でも伝えるってことも大事!?!? 津波のシーンはなかなかの迫力でした。 母親と息子が流されて、離れ離れになりながらも、手をつなつなぐまでをけっこう時間をかけて映してましたね。 ただ、周りには流されてる人が誰も写ってなかったような..................。 実際にはもっとひどかったと思うけど、ま~ぁそこまではリアルにできないか~ぁ。 マリアは自分たちも被害にあって早く安全なところに非難しなきゃいけなかったのに、以前の仕事柄なのか、助けれる命は助けないとって息子に言い聞かせ、小さな子を助ける。 なんとか助けがきて病院に連れてってはもらえたものの、その運び方と言ったら、なんとも雑!! あれじゃ~ぁ、足を切断ってことになるよって思っちゃった。 それにしても父親側の方が海に近い側にいたにもかかわらず、そんなにけがをしてないのは運??? 離れ離れになった家族がまた再会できたのも運??? それもちょっとしたアクシデントのおかげで、家族がまた再会できたんだよね~ぇ。 家族の絆が引かれあったのか!? 運悪く.................. のなかでも、不幸に見舞われた人も希望のある人の助けをしたりして、考えさせられる中、驚きと感動で涙しました。 神様は乗り越えられる試練を.............. というけど、ほんとそんな感じでしたよ。 っつーか、この試練によって、生意気な長男は優しくなり、真ん中で責任感が薄かった次男は僕が弟をちゃんと見てあげなきゃと、甘えん坊な三男は甘えてばかりじゃなく自分でも頑張るみたいな気持ちがわいてきて、みんながすごく成長した感じがしました。 母も強しですね。 ナオミ・ワッツもいい演技してましたよ。 そういえば最後は保険屋さんの宣伝??? ちょっと余計だろって!! ドラマとしての感動はありますが…ちょっと出来過ぎな感じも 投稿日:2013年6月15日 実は、この津波で、知人とその家族が亡くなっている…らしいのです らしい…というのは、人伝にこの情報を聞いただけで、ちゃんと確認していないからです まあ、たまたま顔を合わせたら飲みに行く程度の関係で、個人的に連絡を取り合うほどには親しくなかった…というのもあるのですが、それ以前に、この災害が自分からあまりに遠い所で起こっており、現実感が無かった…という事も大いに関係していると思います しかし、その後、日本でも大きな震災が起き、過去に例を見ないような津波の被害が発生しました 津波という災害が、急に現実のものになってしまったんですね つまり…日本人にとっては、3. 11以前と以降とで、この映画の持つ意味が確実に変わっているという事です ここからは本題、この映画の話ですが… 地震の後に津波が来るのかと思っていましたが、何の前触れもなく、いきなり来ちゃうんですね 震源が沖合だったからなんでしょうか…迫り来る津波から逃げるというのも恐ろしいですが、こうやって、気が付いたら目の前に巨大な波が押し寄せているというのも、また違った恐怖がありますね こんな感じですから…最初の大波は、意外とアッサリと通り過ぎてしまいます ある意味、予告篇のまんまって感じですね でも、その後に続く、濁流に飲まれながら、なんとか助かろう、家族を助けようと必死にもがき、続いてやってくる第二波、第三波から逃れようと奮闘するシーンなどは、津波被害の新たな一面も見せてくれます というか…一体、どうやって撮影したんでしょうね? 日本では、こういう形で津波を描いた映画やドラマは観た事がありませんので、貴重な映像だとは思います もっとも、これがどの程度リアルな描写なのか、知るすべはありませんが… そして、3.

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夏目漱石 吾輩は猫である

千と千尋の神隠し 腐れがみ

昨日は「千と千尋の神隠し」を再度見てみました。 宮崎駿 スタジオジブリの作品は、どれも心洗われるようです。 主題歌の曲もすごく良いですよね。 誰もが感じた事だとは思いますが私なりの感想を書きます。 ありあまるご馳走に目がくらんだ両親は、豚になってしまいます。 悪い言い方ですが、豚のように食っていないだろうか? これは食事だけ、の問題では無いと感じます。 善良な人が、まったく気が付かないうちに、 幸せや欲を、豚のように貪る事への、イメージだと感じます。 善良な市民の、悪気の無さ、 自分だけの小さな幸せ、幸運を求めるエゴ そんな物への警告、私達は少しずつでも自身に厳しく、 自身を見つめなければいけない時期にあるのではないでしょうか。 「顔なし」です。 私にはこの「顔なし」一番重要なキーワードだと感じます。 愛に餓えた顔なしは、千尋に優しくされた事で、 千尋を欲しいと思っていきます。 顔無しは、物を与える事で、人が振り向く事を知ります。 愛を得ようとして、どんどん金を出していきます。 金に人々が群がり、もてはやされ、支配できる事を知り、 全ては、金で得られると錯覚して、怪物になっていきます。 金と恐怖により支配する事に成功しますが、 心は病み、満たされず、さらに加速していきます。 これが世界を現在支配する者の正体と言えるでしょう。 しかし千尋は物に興味を持たぬ為、顔無しは愕然とします。 愛を金で買えない事に、怒り 暴れ始めていきました。 金で人を自由にしている人の心の飢餓の状態が想像出来ました。 そして、それを無効化するには、無欲しかないのかもしれません。 これは坊 大きな子供です。 外に出る事が危険だと教えられ、何も知らず暴君になり始めて います。 過保護の生み出す危険への警告と、 この様な大人が現実の社会には沢山存在する事への、 風刺的な存在でした。 歩けるのに 歩かない「大きな子供」です。 これは 「腐れ神」 体から異臭を放ち、ヘドロにまみれています。 千尋はこの神を、洗ってあげました。 体の中から大量に、人間が捨てたガラクタが出てきます。 私達は全てをないがしろにして、全てを汚しています。 ここにかかるのが、豚になった善良な市民なのではないでしょうか。 腐れ神の正体です。 八百万の神 この神は、私達を決して攻めたりしません。 今も、私達の欲から出る汚物を背負い込んでいるのでしょう。 日本にはこの様な神がいたのですね。 感謝を忘れてはいけないと思いました。 琥珀 川の神 千尋の命を救った 川の神だったんですね。 その川は開発によって、埋め立てられました。 人間のエゴで、破壊される自然を表しているのですね。 私達が忘れている事へのイメージだと感じました。

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【ぼったくり#オンライショップ】みぃみ【ツルメス☆コリアンmiimi】44着目

千と千尋の神隠し 腐れがみ

投稿日:2014年10月25日 3月11日の東北大震災の津波の映像をたくさんみた次の日。 偶然ですが、この映画をみました。 以前、ヒアアフターという映画で津波で主人公が 波にもみくちゃにされるという映像がありましたが 水勢いを伝える為、あえて透明の水を使用したそうです。 今回のこのインポッシブルは濁流の中 母親が、ガレキにフクラハギをえぐられるシーン 何が起こってるのか分からないほどの画像となってます。 実際はこんなものではないだろうとは思いますが それでも恐ろしさを感じる映像です。 母と長男、父と二男三男はそれぞれ偶然にも再会出来ますが 混乱の中またバラバラになってしまいます。 父親と子供たちが再び再会するシーンでは…号泣です。 小さいこの涙は…あかんっ!見るだけで泣けるっ! その後、家族全員がまた再会出来るわけですが 混乱の中、何を優先するべきなのか考えさせられます。 実話をもとにしたこの作品。 この母マリアのように、強い意思、 自分が傷ついても他人を思いやる気持ちが アタシに持てるとは到底思えませんでした。 いざという時、アタシは強い母でいれるだろうか? …自信ないや。 情けは人の為ならず 投稿日:2014年6月1日 映像があまりにも生々しい。 私は被災者ではないが津波の恐ろしさがよくわかった。 とても恐ろしい。 津波に飲み込まれながらも辛うじて生き延びた母と長男。 だが、母は血だらけで歩くことさえままならない。 そんな状態にもかかわらず母は生存者を探そうとする。 またいつ津波が来るかわからない。 だから安全な場所への避難を優先させたがる長男。 だか、母の強い熱意が伝わり、自分にできる最大限のことをしだす。 大惨事に巻き込まれたら自分を優先されるのは当たり前。 だが、この家族は他人を優先させて行動した。 それが報われて結果的に再開できた。 感動の素晴らしい作品。 作品賞とってもおかしくないほど。 ぜひみてください。 3人の子役は何気に名演だと思う 投稿日:2013年7月2日 もう3年が経過した東日本大震災。 地震そのもので亡くなられた方よりも津波が多くの尊い命が失われたことで、日本人の記憶にはまだ鮮明に残っている。 しかし、津波被害では遡ること9年前に東南アジアで起こったスマトラ島沖地震のほうが規模も被害も桁はずれに甚大だった。 本作は、そんなスマトラ島沖地震の津波に被災したスペイン人一家の実話をもとに構成された作品となっています。 津波の描写という意味では、映画作品という意味でもある意味被災した(上映が急遽中止になった)イーストウッドの「ヒア・アフター」という作品でも一部津波の描写があったが、迫力やその場にいるような臨場感という意味では本作が何倍も上。 津波そのものの恐ろしさということもあるけど、交通網も、通信網も次々と寸断され、異国の地で全く孤立してしまうという恐ろしさというのもジワジワと浮き上がってくる。 そんな中で頼りになるのは周りの人の何気ない支え合いであることが、映画を観ていてもよく分かる。 津波の圧倒的な描写力も津波被害を受けている日本の方が見ると心を痛めるかもしれないが、主人公の家族が少し上流階級の人々というのも観ていて少し引っかかるかもしれない。 実話なので仕方がないが、多くの人々が被害にあっているのに、この家族と周りの人々が都合よく助かっているのが鼻持ちならなく感じてしまうのも事実だ。 でも、各俳優陣(特に3人の子役の名演が光る)はそれぞれ真摯に演じているので、高飛車な雰囲気をできるだけ抑えた比較的落ち着いた作品になっていると思う。 離れてはいけない。 もちろん、大津波が押し寄せて流されたこともあるのだが、 一番怖かったのは、これが異国の地であることだった。 言葉が通じないこと、習慣や ある意味で モラルの違い、 バカンスを過ごすのにどんなに適したリゾート地だろうと、 災害に見舞われれば一気に悪夢の地と化すのである。 実話を元に描かれたこの物語は、 つまり最終的に家族が出逢える…ことが分かっていながらも、 災害後の、こんな途方もない映像が延々と続くのか…という、 何をどう捉えて、どう行動すればいいのか、が試される作り。 5人いた家族は辛くも命は助かるのだが、一家はバラバラ。 長男と母親。 次男三男と父親。 大怪我を負った母親は、長男と共に木の上に逃げ延びたのち、 現地人に救助される。 だが… 収容先の病院はもちろん遺体と重症患者で溢れかえっている。 出血が止まらない母親がどんどん弱っていく中、 母親の助言で周囲の助けに奔走していた長男が、戻ると 母親がいない!消えてしまった母親を狂ったように探しまわる。 なんなの!これ~。 せっかく助かってもまったく安心できないじゃない。 確かに災害時に物事が真っ当に動くはずがない。 のは分かるが、 それにしても、なんでこんなことが起こってしまうのか!? 所変われば~なんていっていられない状況が続く。 中盤以降は並行して父親が二人の息子を高台へと預け、妻と 息子を探し求める姿が延々と映し出される。 まさに気が狂いそうな父親の心情をユアンが熱演!するが、 こちらも預けたはずの子供たちが、なぜかトラックに乗せられ… という奇妙な光景に出くわす。 これが何だったのか?最後まで説明はなかったが、もしも あのまま子供たちがどこぞやへ連れて行かれたら、またしても 家族がバラバラになってしまう。 本当に怖い話だ。 ケータイも使えないこんな状況で、もしも生きていたならば、 絶対に家族と離れてはいけないと痛感した。 ことに海外では。 母親N・ワッツが大熱演。 さすがアカデミー賞にノミネートされるくらいの演技だった。 いや、演技とは思えないリアルさに満ちていた。 彼女が美しい妻の姿でいられるのは、冒頭のほんの10分足らず。 被災してからほぼ半裸でボロボロの姿となり、重傷患者と化す。 それでも息子を率いて、自力で木に這い上がる姿や、 自分は大丈夫だから、周囲の人の助けになりなさい。 と気丈な 振る舞いを続ける。 ものすごいお母さんである。 だけど、このまま夫と逢えなかったら…とそう思っただけで怖い。 日に日に弱っていく姿が酷く、何回も目を背けてしまったほどだ。 不可能を可能にしたのは、彼女のそんな壮絶な姿でもある。 どんなに万全の備えをしても、自然災害は想定外に起こる。 もしも海外の離島であったら、これほど恐ろしいことはない。 津波の恐ろしさは、日本人なら思い出してしまいそうだが、 かなりリアルだった。 2004年のこの被害も忘れてはいけなかった。 どれだけの人が亡くなったのかは分からない。 本作では主人公一家にスポットを当て、他者のその後はほとんど 描かれていない。 描かれているのは助かった人間がメインである。 ドキュメンタリーとはいえ、個人の回想劇だからこれは仕方ない。 彼らのように出逢うことができた家族が多かったことを祈るばかり。 手を合わせるようにドキドキしながら見守る作品である。 旅先では万が一のことを考えなければならないという問題提起と、 サバイバル能力、絶対に諦めない生きる勇気を再確認させられる。 J・チャップリンの老婆も忘れ難い。 不思議な活力を長男に与える 本当に色々なことを考えさせられた映画です。 実際に席を立つお客さんも居ました。 命からがら流れ着いたそこは、かつて観光地と呼ばれていた場所とは 思えない「地獄」そのもの。 父、二人の弟、そして母を 一時的に 失い、独りとなってしまったルーカスの悲しみや、妻と子を想い危険な夜道の中彼女らを探すヘンリーの気持ちは想像してもしきれません。 お互い死んだと思っていた兄弟が奇跡的に出会い、お互いの名前を 叫びながら抱擁するシーンは感動しました。 そして飛行機でスマトラ島を発つラストカット。 マリアの腕に書かれた「見知らぬ被災者の名前」や、ルーカスが被災地の児童所で貼られた「ネームシール」、被災地で知り会った男性からヘンリーが受けとった「置き手紙」。 あの大津波の中、奇跡的に失うものが何もなかった5人家族は、スマトラ島から持ち帰った「お土産」を見て、果たして何を思ったのでしょうか……? 今作ではいわゆる「泣ける」シーンは沢山ありました。 しかしこの涙の理由は、流した本人すら理由を解読できずにいます。 家族を失った悲しみに共感した涙だったのか、絶望の最中1さじ程の喜びを見出せた事によるうれし涙なのか、それとも自然災害の脅威に怖れたあまり流れ出た涙なのか……。 日本は2011年3月11日に大津波を経験し、今もなお多くの日本人に傷を残しています。 本当は万人に薦めたい作品ですが、残念ながらそれも叶いません。 一昨年の事を想うとあまりにもリアル過ぎて……。 この作品は大津波の恐怖を本当にありのまま、何の修正も入れる事無く表現しています。 しかしこの作品を通じて皆さんに「何か」を感じとっていただければと思い、レビューとして残します。 心の準備をしっかりした上で劇場へ足をお運びください。 子供たちの成長 投稿日:2013年6月18日 東日本大震災後、「ヒア アフター」や「TUNAMI」などの津波系の映画があったけど、公開延期などが相次いだ。 被害にあった方からしてみると、こんなものは観たくないと思うかもしれない。 でも伝えるってことも大事!?!? 津波のシーンはなかなかの迫力でした。 母親と息子が流されて、離れ離れになりながらも、手をつなつなぐまでをけっこう時間をかけて映してましたね。 ただ、周りには流されてる人が誰も写ってなかったような..................。 実際にはもっとひどかったと思うけど、ま~ぁそこまではリアルにできないか~ぁ。 マリアは自分たちも被害にあって早く安全なところに非難しなきゃいけなかったのに、以前の仕事柄なのか、助けれる命は助けないとって息子に言い聞かせ、小さな子を助ける。 なんとか助けがきて病院に連れてってはもらえたものの、その運び方と言ったら、なんとも雑!! あれじゃ~ぁ、足を切断ってことになるよって思っちゃった。 それにしても父親側の方が海に近い側にいたにもかかわらず、そんなにけがをしてないのは運??? 離れ離れになった家族がまた再会できたのも運??? それもちょっとしたアクシデントのおかげで、家族がまた再会できたんだよね~ぇ。 家族の絆が引かれあったのか!? 運悪く.................. のなかでも、不幸に見舞われた人も希望のある人の助けをしたりして、考えさせられる中、驚きと感動で涙しました。 神様は乗り越えられる試練を.............. というけど、ほんとそんな感じでしたよ。 っつーか、この試練によって、生意気な長男は優しくなり、真ん中で責任感が薄かった次男は僕が弟をちゃんと見てあげなきゃと、甘えん坊な三男は甘えてばかりじゃなく自分でも頑張るみたいな気持ちがわいてきて、みんながすごく成長した感じがしました。 母も強しですね。 ナオミ・ワッツもいい演技してましたよ。 そういえば最後は保険屋さんの宣伝??? ちょっと余計だろって!! ドラマとしての感動はありますが…ちょっと出来過ぎな感じも 投稿日:2013年6月15日 実は、この津波で、知人とその家族が亡くなっている…らしいのです らしい…というのは、人伝にこの情報を聞いただけで、ちゃんと確認していないからです まあ、たまたま顔を合わせたら飲みに行く程度の関係で、個人的に連絡を取り合うほどには親しくなかった…というのもあるのですが、それ以前に、この災害が自分からあまりに遠い所で起こっており、現実感が無かった…という事も大いに関係していると思います しかし、その後、日本でも大きな震災が起き、過去に例を見ないような津波の被害が発生しました 津波という災害が、急に現実のものになってしまったんですね つまり…日本人にとっては、3. 11以前と以降とで、この映画の持つ意味が確実に変わっているという事です ここからは本題、この映画の話ですが… 地震の後に津波が来るのかと思っていましたが、何の前触れもなく、いきなり来ちゃうんですね 震源が沖合だったからなんでしょうか…迫り来る津波から逃げるというのも恐ろしいですが、こうやって、気が付いたら目の前に巨大な波が押し寄せているというのも、また違った恐怖がありますね こんな感じですから…最初の大波は、意外とアッサリと通り過ぎてしまいます ある意味、予告篇のまんまって感じですね でも、その後に続く、濁流に飲まれながら、なんとか助かろう、家族を助けようと必死にもがき、続いてやってくる第二波、第三波から逃れようと奮闘するシーンなどは、津波被害の新たな一面も見せてくれます というか…一体、どうやって撮影したんでしょうね? 日本では、こういう形で津波を描いた映画やドラマは観た事がありませんので、貴重な映像だとは思います もっとも、これがどの程度リアルな描写なのか、知るすべはありませんが… そして、3.

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