ルーベンス メモリー。 ルーベンスメモリー

【ステイヤーズS】美浦レポート〜ルーベンスメモリー

ルーベンス メモリー

『私は、自分のトレーナーとしての100勝よりも、この子の1勝の方がずっと大事なんですよ』 トレーナーという存在は、時にウマ娘の人生に大きな影響を与えることがある。 それはレースの勝ち負けだけではない。 レースを引退した後も、トレーナー次第で彼女たちが歩む人生は大きく変わってくるのだ。 『……お久しぶりです、トレーナーさん。 今、お話だいじょうぶですか』 明るい口調を作ろうとしてはいるが、どこか固さを隠しきれないような。 彼女の声色は、そんな風に感じられた。 こうして彼女と会話をするのは、一年前に引退した時以来だ。 聞けば、久しぶりに会って話をしたいという。 トレーナーはその誘いを快諾すると、お互いが休みの日付を調整した。 そして、電話から数日後のオフの日。 トレーナーはとあるマンションの一室を訪れいていた。 玄関のインターホンを押すとすぐにドアが開き、鹿毛のウマ娘が顔をのぞかせた。 「ありがとうございます、わざわざ来ていただいてすみません」 「いや、かまわないよ。 でもいいのか? 君の部屋に入っても」 「いいんです。 私は……外を歩くと、どうしても目立っちゃいますから」 ルーベンスは自分の眼帯を指さしながら、少しだけ自嘲気味に笑った。 その少しだけ悲しそうな笑顔を見ると、トレーナーは胸がざわつくのを覚える。 その時の事故の光景は、今でも記憶にこびりついて離れようとしない。 当時ルーベンスは他のチームから移籍してきたばかりだったが、トレーナーは彼女の身体能力と、トレーニングに真面目に取り組む姿勢を高く評価していた。 やっと未勝利戦で1勝しただけだが、きっとこれから力をつけていくはず。 トレーナーはルーベンスをそう評価していた。 事故が起こった日。 ルーベンスはランニングマシーンで練習をしていて、トレーナーが少しだけその場を離れた。 ランニングマシーン上で転倒し、右目をマシーンに強打。 すぐに病院に駆け込んだが、傷ついた右目は手の施しようのない状態だった。 あの時、自分が目を離さなければ。 取り返しがつかない過ちだと、トレーナーはひたすらに自分を責めた。 その二文字がトレーナーの脳裏をよぎった。 だが、まだルーベンスは未勝利戦に勝ったばかり。 もし今引退したとしても、大した結果を残せていない彼女には、何の後ろ盾もない。 ましてや、右目の見えない彼女が、いきなり社会の荒波に放り出されて生きていけるだろうか? 『私は、君を見捨てない。 君が望んでくれるなら、私は君を支え続けるよ』 重賞は無理だとしても、せめてオープン戦をいくつか勝てれば、引退後の評価も違ってくる。 そう思って、彼女にかけた言葉だった。 ルーベンスもまた、トレーナーの思いに応えるように今まで以上にトレーニングに打ち込むようになった。 結局、重賞で勝つことは叶わなかったものの、隻眼というハンデを乗り越えていくつかの条件クラス戦を勝ち取ることができた。 そのひたむきな姿はメディアに取り上げられることもあり、重賞は勝てなくても彼女の知名度をそれなりに上げることができた。 [newpage] 「トレーナーさん、どうしたんですか? どうぞ中へ入ってください」 過去の記憶を振り返っているうちに、どうやら少しだけぼうっとしてしまっていたらしい。 トレーナーはルーベンスに促され、部屋の中に入った。 「わん、わんっ!」 「ふふ、トレーナーさんにイタズラしたらだめよ。 やっぱり、同じ犬を飼ってる人にはよくなつくんですね」 いきなりのプードル犬のお出迎えに面食らう。 トレーナーも犬を飼っているから怖くはなかったが、ルーベンスが犬を飼っているとはまったく予想しなかった。 「この子が飼いたくて、ペットが飼えるマンションに引っ越したんです。 名前はsuami スワミ っていうんですよ。 インドネシア語なんです」 「そうか……」 犬を抱き上げるルーベンスの姿に、トレーナーはどこか違和感を覚えた。 しかも、犬種はトレーナーが飼っているのと同じである。 (偶然……だよな) トレーナーは室内を見渡すと、釣り竿があるのに気付いた。 数本の釣り竿が、木製の試験管立てを大きくしたようなロッドスタンドにきちんと並べられている。 「これは……君は釣りをするのかい?」 「はい! トレーナーさんほどではないですけど。 でも、この前はじめて大物を釣ったんですよ!」 釣りを生きがいとしているトレーナーには、部屋にある釣り竿がホームセンターに売っているような安物ではなく、かなり値の張るものであるのが一目でわかった。 壁には、満面の笑みで釣り上げた魚といっしょに写っているルーベンスの写真が飾ってある。 おかしい。 先ほどのわずかな違和感の正体が、少しずつはっきりとしてきた。 「そうそう、釣りだけじゃなくて、最近はドライブも行くんですよ! なんとか運転免許もとれました。 まあ、ちょっとした距離なら自分の足で走ったほうか速いんですけどね」 車のキーを見せびらかしながら、ルーベンスは見えている方の目を細めて笑った。 キーにあしらわれた、輪が横に四つ並んだエンブレム。 車好きのトレーナーには、それが決して安い買い物でなかったことはすぐにわかった。 「初めての車がアウディか……。 しかし大丈夫なのかい、外車はお金だってかかるだろう」 「ま、まあ中古ですし、ローンでなんとか…・・・。 でも、初めて高速道路を走った時はビックリしました。 自分で走るよりも速いスピードを出すのって、あんなに気持ちいいんですね!」 レースを引退して、働き始めてから一年くらいしかたっていないルーベンスにとって、これだけの高額な買い物はとても身の丈に合ったものだとは思えなかった。 しかも、このマンションは犬を飼うために引っ越したと言っていたではないか。 なぜ、彼女はそこまでして犬を飼い、釣りをのめりこみ、車を持とうと思ったのか。 「なあ、ルーベンス、これは……」 彼女の部屋に来てから抱いていた違和感の正体が、ようやくはっきりとわかった。 彼女が、レースを引退してから始めたというその趣味の数々は。 かつてまだルーベンスが引退する前、トレーナーは彼女に、自らの趣味について話したことがある。 その時の彼女の反応は、決してよいものではなかったのを、トレーナーは今でも覚えている。 『犬ですか? わたし、生き物を世話するのはちょっと苦手かも……』 『釣りはどうでしょう……。 生きてる魚を触れる自信がないですね』 『運転免許を欲しがる子は少ないですよ。 彼女がこんな風に声を張り上げることなど、今まで聞いたことがない。 驚いて目を丸くするトレーナーに、彼女はぽつぽつと話し始めた。 「……ごめんなさい。 トレーナーさんには、とっても感謝してます。 片眼が見えなくなった私のために、一生懸命してくれたこと。 重賞レースには勝てなかったけれど、頑張って条件クラスに勝てたから、応援してくれるファンもできました。 おかげで、レースをやめた後もすぐ仕事を紹介してもらえました」 トレーナーにとって、最も心配だったのはルーベンスが引退した後のことだった。 だが、隻眼というハンデを抱えて重賞レースを制することはとうてい不可能に思えた。 それでも、条件クラスで勝ちを収めることができれば、少しでも箔がつくのではという算段があった。 そうすれば、引退後も仕事を見つけやすくなる。 彼女ひとりでも生きていけるようにとの、トレーナーなりの配慮だった。 「トレーナーさんが、私ひとりで生きていけるようにって、気を使ってくれたから。 慣れない生活だったけど、ひとりで一生懸命がんばりました。 でも、でも…・・・。 私、つらくて仕方なかった。 レースしか知らない私が、いきなりレース以外の世界に放り出されて、支えてくれる人がいなくなって、それでもひとりで生きていけるほど私は強くなんかない!!」 レースに打ち込んでいた時は、そばにトレーナーがいてくれた。 でも、今は誰もいない。 今までこらえていたものが、一気にあふれ出した。 寂しかったし、つらかったし、甘えたかった。 あふれ出した感情は涙となるも、彼女の涙は片方の目からしか流れない。 それがトレーナーには、悲しくてしょうがなかった。 「トレーナーさんがいないこの世界に、私はもう耐えられなかった。 でもトレーナーさんが好きだった趣味に打ち込んでいるときだけは、あなたのことを感じられたんです」 とてとてと歩み寄ってきたルーベンスを、トレーナーはそっと抱きしめる。 彼女の体格はウマ娘の中で平均くらいだったはずだが、その体はずいぶん細くなったように思えた。 「トレーナーさん、言ってくれましたよね? 私が望む限り、支え続けてくれるって」 トレーナーの背中に回された、ルーベンスの腕にぎゅっと力がこめられた。 「もう、私をひとりにしないでくれますか……? わたしのそばに、いてくれますか……?」 レースである程度の知名度を上げることができれば、ルーベンスは引退してもひとりで生きていけるだろうと。 そう思っていた自分の認識の甘さを思い知らされた。 彼女の心は、こんなにも疲れ切っていたのだ。 「……いいのかい、私は君よりもずいぶん年上だけれども」 ぺたりとしおれてしまっていたウマ耳をよけながら優しく頭をなでると、トレーナーを締め付けていた彼女の腕の力がすっと緩んだ。 涙はもう、流れていなかった。 「それは大丈夫です。 親には、ヨシトミさんのことはいつも話しているんです。 お父さんもお母さんも、ヨシトミさんなら安心して娘を任せられるって言ってくれてます!」 「外堀をすでに埋められていたとは、驚いたな。 今まで寂しい思いをさせた分、埋め合わせをしないといけないね」 まるで雨上がりに晴れ渡った青空のように、ルーベンスの表情がぱっと明るくなる。 彼女がこうして心からの笑顔を見せてくれるならば。 その笑顔を守りたいという感情が、自然とわき出てくるのがわかった。 「はい、寂しくないように、子どもはたくさん欲しいです!」 「……気が早すぎるよ、ルーベンス」 その笑顔がまぶしすぎて、トレーナーは優しく苦笑いした。

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ルーベンスメモリー

ルーベンス メモリー

片目の失明のために左回りを中心に使われていたルーベンスメモリーは最近は右回りの方が良績があるように中山はむしろ得意コースになった。 末脚不発に終わったアルゼンチン共和国杯(10着)からの巻き返しが期待される。 今朝は馬場開場と同時にウッドチップコースに入り、騎乗者の手は動かなかったが楽な形で好タイムを記録。 依然好調が続いているようだ。 右回りか左回りかはもう関係ないとは思うんですけど、最近は右回りのほうがいいですね。 前回の東京のアルゼンチン共和国杯は、展開に注文が付く馬なんで、4コーナーのゴチャついた感じが馬にはストレスになったというか、気を使って走ってたなという印象はありますね。 今回は少ない頭数でスムーズな流れになってくれるといいんですけどね。 この馬は距離とかよりも展開ですね。 どんな感じの競馬になるか。 本人にストレスがないような流れになれば走れると思うんですけど。 夏からずっといい状態できてますからね。 大きな勲章をこの馬にも欲しいところですね。 (取材:佐藤 泉).

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ルーベンスメモリー

ルーベンス メモリー

『私は、自分のトレーナーとしての100勝よりも、この子の1勝の方がずっと大事なんですよ』 トレーナーという存在は、時にウマ娘の人生に大きな影響を与えることがある。 それはレースの勝ち負けだけではない。 レースを引退した後も、トレーナー次第で彼女たちが歩む人生は大きく変わってくるのだ。 『……お久しぶりです、トレーナーさん。 今、お話だいじょうぶですか』 明るい口調を作ろうとしてはいるが、どこか固さを隠しきれないような。 彼女の声色は、そんな風に感じられた。 こうして彼女と会話をするのは、一年前に引退した時以来だ。 聞けば、久しぶりに会って話をしたいという。 トレーナーはその誘いを快諾すると、お互いが休みの日付を調整した。 そして、電話から数日後のオフの日。 トレーナーはとあるマンションの一室を訪れいていた。 玄関のインターホンを押すとすぐにドアが開き、鹿毛のウマ娘が顔をのぞかせた。 「ありがとうございます、わざわざ来ていただいてすみません」 「いや、かまわないよ。 でもいいのか? 君の部屋に入っても」 「いいんです。 私は……外を歩くと、どうしても目立っちゃいますから」 ルーベンスは自分の眼帯を指さしながら、少しだけ自嘲気味に笑った。 その少しだけ悲しそうな笑顔を見ると、トレーナーは胸がざわつくのを覚える。 その時の事故の光景は、今でも記憶にこびりついて離れようとしない。 当時ルーベンスは他のチームから移籍してきたばかりだったが、トレーナーは彼女の身体能力と、トレーニングに真面目に取り組む姿勢を高く評価していた。 やっと未勝利戦で1勝しただけだが、きっとこれから力をつけていくはず。 トレーナーはルーベンスをそう評価していた。 事故が起こった日。 ルーベンスはランニングマシーンで練習をしていて、トレーナーが少しだけその場を離れた。 ランニングマシーン上で転倒し、右目をマシーンに強打。 すぐに病院に駆け込んだが、傷ついた右目は手の施しようのない状態だった。 あの時、自分が目を離さなければ。 取り返しがつかない過ちだと、トレーナーはひたすらに自分を責めた。 その二文字がトレーナーの脳裏をよぎった。 だが、まだルーベンスは未勝利戦に勝ったばかり。 もし今引退したとしても、大した結果を残せていない彼女には、何の後ろ盾もない。 ましてや、右目の見えない彼女が、いきなり社会の荒波に放り出されて生きていけるだろうか? 『私は、君を見捨てない。 君が望んでくれるなら、私は君を支え続けるよ』 重賞は無理だとしても、せめてオープン戦をいくつか勝てれば、引退後の評価も違ってくる。 そう思って、彼女にかけた言葉だった。 ルーベンスもまた、トレーナーの思いに応えるように今まで以上にトレーニングに打ち込むようになった。 結局、重賞で勝つことは叶わなかったものの、隻眼というハンデを乗り越えていくつかの条件クラス戦を勝ち取ることができた。 そのひたむきな姿はメディアに取り上げられることもあり、重賞は勝てなくても彼女の知名度をそれなりに上げることができた。 [newpage] 「トレーナーさん、どうしたんですか? どうぞ中へ入ってください」 過去の記憶を振り返っているうちに、どうやら少しだけぼうっとしてしまっていたらしい。 トレーナーはルーベンスに促され、部屋の中に入った。 「わん、わんっ!」 「ふふ、トレーナーさんにイタズラしたらだめよ。 やっぱり、同じ犬を飼ってる人にはよくなつくんですね」 いきなりのプードル犬のお出迎えに面食らう。 トレーナーも犬を飼っているから怖くはなかったが、ルーベンスが犬を飼っているとはまったく予想しなかった。 「この子が飼いたくて、ペットが飼えるマンションに引っ越したんです。 名前はsuami スワミ っていうんですよ。 インドネシア語なんです」 「そうか……」 犬を抱き上げるルーベンスの姿に、トレーナーはどこか違和感を覚えた。 しかも、犬種はトレーナーが飼っているのと同じである。 (偶然……だよな) トレーナーは室内を見渡すと、釣り竿があるのに気付いた。 数本の釣り竿が、木製の試験管立てを大きくしたようなロッドスタンドにきちんと並べられている。 「これは……君は釣りをするのかい?」 「はい! トレーナーさんほどではないですけど。 でも、この前はじめて大物を釣ったんですよ!」 釣りを生きがいとしているトレーナーには、部屋にある釣り竿がホームセンターに売っているような安物ではなく、かなり値の張るものであるのが一目でわかった。 壁には、満面の笑みで釣り上げた魚といっしょに写っているルーベンスの写真が飾ってある。 おかしい。 先ほどのわずかな違和感の正体が、少しずつはっきりとしてきた。 「そうそう、釣りだけじゃなくて、最近はドライブも行くんですよ! なんとか運転免許もとれました。 まあ、ちょっとした距離なら自分の足で走ったほうか速いんですけどね」 車のキーを見せびらかしながら、ルーベンスは見えている方の目を細めて笑った。 キーにあしらわれた、輪が横に四つ並んだエンブレム。 車好きのトレーナーには、それが決して安い買い物でなかったことはすぐにわかった。 「初めての車がアウディか……。 しかし大丈夫なのかい、外車はお金だってかかるだろう」 「ま、まあ中古ですし、ローンでなんとか…・・・。 でも、初めて高速道路を走った時はビックリしました。 自分で走るよりも速いスピードを出すのって、あんなに気持ちいいんですね!」 レースを引退して、働き始めてから一年くらいしかたっていないルーベンスにとって、これだけの高額な買い物はとても身の丈に合ったものだとは思えなかった。 しかも、このマンションは犬を飼うために引っ越したと言っていたではないか。 なぜ、彼女はそこまでして犬を飼い、釣りをのめりこみ、車を持とうと思ったのか。 「なあ、ルーベンス、これは……」 彼女の部屋に来てから抱いていた違和感の正体が、ようやくはっきりとわかった。 彼女が、レースを引退してから始めたというその趣味の数々は。 かつてまだルーベンスが引退する前、トレーナーは彼女に、自らの趣味について話したことがある。 その時の彼女の反応は、決してよいものではなかったのを、トレーナーは今でも覚えている。 『犬ですか? わたし、生き物を世話するのはちょっと苦手かも……』 『釣りはどうでしょう……。 生きてる魚を触れる自信がないですね』 『運転免許を欲しがる子は少ないですよ。 彼女がこんな風に声を張り上げることなど、今まで聞いたことがない。 驚いて目を丸くするトレーナーに、彼女はぽつぽつと話し始めた。 「……ごめんなさい。 トレーナーさんには、とっても感謝してます。 片眼が見えなくなった私のために、一生懸命してくれたこと。 重賞レースには勝てなかったけれど、頑張って条件クラスに勝てたから、応援してくれるファンもできました。 おかげで、レースをやめた後もすぐ仕事を紹介してもらえました」 トレーナーにとって、最も心配だったのはルーベンスが引退した後のことだった。 だが、隻眼というハンデを抱えて重賞レースを制することはとうてい不可能に思えた。 それでも、条件クラスで勝ちを収めることができれば、少しでも箔がつくのではという算段があった。 そうすれば、引退後も仕事を見つけやすくなる。 彼女ひとりでも生きていけるようにとの、トレーナーなりの配慮だった。 「トレーナーさんが、私ひとりで生きていけるようにって、気を使ってくれたから。 慣れない生活だったけど、ひとりで一生懸命がんばりました。 でも、でも…・・・。 私、つらくて仕方なかった。 レースしか知らない私が、いきなりレース以外の世界に放り出されて、支えてくれる人がいなくなって、それでもひとりで生きていけるほど私は強くなんかない!!」 レースに打ち込んでいた時は、そばにトレーナーがいてくれた。 でも、今は誰もいない。 今までこらえていたものが、一気にあふれ出した。 寂しかったし、つらかったし、甘えたかった。 あふれ出した感情は涙となるも、彼女の涙は片方の目からしか流れない。 それがトレーナーには、悲しくてしょうがなかった。 「トレーナーさんがいないこの世界に、私はもう耐えられなかった。 でもトレーナーさんが好きだった趣味に打ち込んでいるときだけは、あなたのことを感じられたんです」 とてとてと歩み寄ってきたルーベンスを、トレーナーはそっと抱きしめる。 彼女の体格はウマ娘の中で平均くらいだったはずだが、その体はずいぶん細くなったように思えた。 「トレーナーさん、言ってくれましたよね? 私が望む限り、支え続けてくれるって」 トレーナーの背中に回された、ルーベンスの腕にぎゅっと力がこめられた。 「もう、私をひとりにしないでくれますか……? わたしのそばに、いてくれますか……?」 レースである程度の知名度を上げることができれば、ルーベンスは引退してもひとりで生きていけるだろうと。 そう思っていた自分の認識の甘さを思い知らされた。 彼女の心は、こんなにも疲れ切っていたのだ。 「……いいのかい、私は君よりもずいぶん年上だけれども」 ぺたりとしおれてしまっていたウマ耳をよけながら優しく頭をなでると、トレーナーを締め付けていた彼女の腕の力がすっと緩んだ。 涙はもう、流れていなかった。 「それは大丈夫です。 親には、ヨシトミさんのことはいつも話しているんです。 お父さんもお母さんも、ヨシトミさんなら安心して娘を任せられるって言ってくれてます!」 「外堀をすでに埋められていたとは、驚いたな。 今まで寂しい思いをさせた分、埋め合わせをしないといけないね」 まるで雨上がりに晴れ渡った青空のように、ルーベンスの表情がぱっと明るくなる。 彼女がこうして心からの笑顔を見せてくれるならば。 その笑顔を守りたいという感情が、自然とわき出てくるのがわかった。 「はい、寂しくないように、子どもはたくさん欲しいです!」 「……気が早すぎるよ、ルーベンス」 その笑顔がまぶしすぎて、トレーナーは優しく苦笑いした。

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