むかつく 半島。 【知られざるニッポン】vol.44 ムカツク半島に楊貴妃の墓を発見!

向津具半島というところ

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私が20年ほど前に何度か通っていた当時は、あの辺はまだ長門市では なく、油谷町でした。 平成の大合併で長門市に吸収されたのですね。 油谷町は楊貴妃が中国から逃げてきて漂着したという伝説の残る土地で 「楊貴妃の里」とも言われている風光明媚な海岸線が印象的な、とても良い ところですよ。 私も初めて行ったときは国道191号線の海岸線を車で走っていて、あちこち に「楊貴妃伝説」の文字を見掛けて、「どういうことだろう?」と不思議に 思ったものでした。 楊貴妃と言えば世界三大美人の一人に数えられる唐 古代中国 の玄宗皇帝 に寵愛された妃であることは当然誰もが知るところですよね。 日本と何の接点があるのかと疑問に思って、ガソリンスタンドで訊くと、 「楊貴妃の里というところがありますので、行ってみると分かります」 と言われ、油谷湾の海沿いの道をぐい~っと、「楊貴妃の里」に行ってきたのです。 この「楊貴妃の里」があったのが、向津具だったと思います。 ちなみに「下呂」は室町時代頃からの由緒ある古い地名で、 嘔吐することや吐瀉物を「ゲロ」と言ったのは昭和に入って、自白を意味する 警察用語かららしいので、地名の「下呂」のほうが遥かに歴史が古いので、 気にすることはないと思いますよ。 由来は古来、東山道飛騨支路が通っていて、「下留 しものとまり 駅」が 当地にあり、この「下留」を音読した げる が転訛したものと言われており、 下呂市内萩原町には「上呂 じょうろ 」や「中呂 ちゅうろ 」もあります。 言われている通りですね。 向津具という名前は古くからつけられており、半島も、小中学校もその名前だそうです。 当地には3年まえでしたか、油谷湾 ゆやわん に撮影に行きました。 手前に棚田があり、田んぼに水を張るころに、イカ漁のため、大きな漁火をつけた漁船が岸近くに寄ってきます。 日本海の水平線に沈む夕日と相まって、美しくも幻想的な風景を見せてくれます。 遠くは関西から九州から来ておられました。 向津具半島もあります。 聞くところでは、今の「ムカツク」とは全く関係ないと若い女性の方は笑っておられました。 でもそう言うことでのお問い合わせは結構あるそうです。 笑 長門市立向津具小学校は存在するそうですが。 向津具中学校は廃校になっているそうです。 また旧校舎がなくなりました。 向津具なあ。 更に西に走って美祢ICでおりて、一般道国道31号線を北に走ってください。 いや、国道38号線を走ったほうがいいですね。 辿りついたところが「向津具上」です。 途中分岐点が何か所かありますが、カーナビが教えてくれるでしょう。 そこから山陰線にお乗りになってください。 できれば「みすず潮彩」がいいですね。 でも確か特急だったと思いますので、向津具はみすずちゃんは無視するかも知れません。 手前で普通列車に乗り換えなければいけないかもね。 あっ阿川に止まりますね。 距離的には、ここが一番近いでしょう。 すみません、地図で見る限り各駅停車でしょうか。 2.九州地方からお越しの皆さんは、ルートにお迷いになることはありませんね。 関門海峡を渡って下関から国道191号線をひたすら北上されるだけですね。 このルートのメリットは、途中に色々なものがありますね。 本州最西端の地、土井が浜遺跡、角島大橋など。 北九州、福岡等、熊本など玄界灘側は高速道や新幹線が完備しているのでいいのですが、大分、宮崎県など豊後水道、太平洋側の方々には、アクセス上お気の毒だと思います。 交通機関ご利用も、新下関まで来られれば、あとは上記と同じです。 みすず潮彩の新下関、長門、発着時刻は添付資料の最後、下方に載っています、ご参照ください。

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山口県向津具(むかつく)半島の千畳敷はムカつかず最高の景色!

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向津具半島というところ — 自給自足のはじめかた 私たちの暮らし始めた向津具(むかつく)半島というところを、自給自足の場・暮らしを営む場としてどんな土地なのか紹介したいと思います。 また私たちが移住地として向津具を選んだ理由も含めて紹介したいと思います。 -観光地としての向津具半島- 本当は自分の言葉で紹介しないといけないのですが、市役所のHPが向津具半島を含む長門市の地形や文化の特徴と魅力を割りと短い文章で言い表してくれてるので、以下に引用させてもらうことにします! 東は萩市、南は下関市、美祢市に接し、市の北部には北長門海岸国定公園に指定される美しい日本海の風景が広がっています。 日本海沿岸一帯の豊かな漁場では、古くから捕鯨や漁業が盛んに行われ、多くの漁港が点在しています。 北長門海岸国定公園に指定される海岸線では、日本海の荒波に浸食された岩と白い砂浜が出入りし、変化に富んだ雄大な自然景観を生み出しています。 中でも紺碧の海上に奇岩怪石が連なる海上アルプス「青海島」、遥か日本海を展望できる「千畳敷」、海に浮かぶ「棚田」のシルエット、本州最西北端に突き出した「川尻岬」の緑青色の海などは、訪れる人々を魅了します。 また、長門市は温泉に恵まれ、風情も効能も異なる5つの温泉郷があります。 清流にホタルが舞いカジカの声が響く「湯本温泉」、山間の湯治場「俵山温泉」、長閑に効能を楽しむ「湯免温泉」、美しい海を臨む「黄波戸温泉」や「油谷湾温泉」があり、多くの人が訪れています。 一方、いのちと心を大切にした童謡詩人「金子みすゞ」、シベリヤ・シリーズで知られる画家「香月泰男」、長門出生伝承の残る劇作家「近松門左衛門」といった人たちの存在は、長門の文化を深く魅力あるものにしてくれます。 歴史の舞台では大内氏終焉の地として語り継がれ、楊貴妃伝説など浪漫溢れる物語も数多くあります。 > 上記の文章でなんとなくイメージは掴んでいただけるんじゃないかと思います。 良いところでしょう!?笑 写真は向津具半島の先端と油谷島です。 私たちもこの土地を知る以前は「日本海側だから、寒くて冬は曇りが多くて湿っぽい感じ。。 」とあまり良い印象を持ち得ていませんでした。 実際に過ごしてみると、まったく違う、とは言いませんが、かなり違うことがわかりました。 向津具半島のある山口県北西部は日本海側気候と海洋性気候を足したような気候だと思います。 山口県の中央部にあまり高い山が無いため、島根や鳥取などの他の山陰地方のようにはっきりとした日本海側気候とはならず、冬は確かに曇天の日が比較的多いですが、暖流の対馬海流が流れる海に囲まれた土地なので冬でも極度に寒くなるということはありません。 積雪も年に数回あるかないか。 また海に囲まれているので、全体的に冬は季節風の影響により比較的風が強い地域でもあります。 夏期は、時には雨が降る日が少なく、晴天に恵まれます。 年間を通してみると降雨量1900ミリ程度と日本の中では平均的な降雨量なので、冬期の降水量が比較的多いということになります。 また向津具半島から少し山口県の内陸部に向かうと短時間で高度が300~400Mと上がる地形なので、向津具半島で終わってしまった季節の野草や花も少し内陸部に行くと、これから咲き始めたりと、場所によって季節が変わるという面白さもあります。 そして前述の通り向津具半島は平らな土地はごく一部で、大規模な農業にはむきません。 逆に言えば昨今でもまだ平然と行われている無人ヘリなどによる空中散布は、場所が限られているので、ほぼ完全に無農薬で野菜が作れる場所も多いということです。 ただ夏期は降雨が少ないことがしばしばあり、水の乏しい場所においては栽培可能な作物が限られることがあります。 中山間地の畑・棚田には付きものの獣被害について。 山口県でも内陸部に行くと山も深く、イノシシ、サル、シカなどから作物を守らなければなりません。 しかし海に突き出た形の半島部である向津具では内陸部ほど山が深くはないので、実質イノシシの対策が主に必要なだけで、厄介なサルや鹿の被害はあまりありません。 山に近い耕作放棄地を開墾したりして田畑にすることが多い私たちにはこのあたりも意外と大事な要素だと思います。 今はその名残りから向津具半島がある長門市にも5つの温泉地があります。 そのうち三つは市営の温泉施設があり、200円~400円とかなりリーズナブルな価格設定で入れます。 有名温泉地からしたら多少施設も泉質も地味かもしれませんが、過度に観光地化されてない価格や佇まいを私たちはとても気に入っています。 自給自足とは関係のないことかもしれませんが、温泉好きの私たちは移住後半年間で既に30回ぐらいは行ってるかも 笑。 温泉についての詳しい情報は他サイトに譲りますが、これも私たちの自給自足生活には嬉しい向津具の豊かさでした。 その中でも特に地域性によって被害の可能性が変わってくる災害を『地震』や『台風』と考えています。 自給自足の生活をする場合、古い民家を借りて自分たちで直し、暮らしを始めるというスタイルが多いと思います。 実際私たちもそうです。 古い家を借りる、直す際に気になる&直しきれない場合が多いのが『家の耐震性』などの部分だと思います。 私たち素人大工では耐震性の維持・向上まで考慮して家を直すのは難しい場合が少なくありません。 自給自足生活を目指す理由の一つに、安心して暮らしが営みたい、という思いが根底にありますので、 必然的に少しでも大地震が起きる可能性の少ない地域を優先的に候補地として考えてきました。 地震大国日本の中でも、ここ向津具半島の近くには大きな海底プレートがなく、震度の大きい大地震の起きる可能性の低い地域といえると思います。 もちろん日本中に活断層はありますので、大地震の起きる可能性はありますが、海底プレートに由来して起きる大地震よりも、その頻度も、震度もずっと低いものだと考えています。 そして台風ですが、地理的に日本海側に面した向津具半島ですが、台風の進路などを考えると台風の上陸地点とはなりにくく地理的には比較的被害の出にくい地域と言えると思います。 良いことばかり書きましたがここ向津具半島にも当然自然災害が起きる可能性はあります。 考慮すべきは豪雨による土砂災害だと思います。 向津具半島はどこから見ても素晴らしい景色が見えると言われていますがその代わりに急峻な地形が多く、豪雨時には土砂災害の起きるリスクがあります。 これはどこの土地でも同じで、居住する上でのリスクというものが必ずあるということです。 綺麗な川が近くにあっても代わりに氾濫の可能性があったり、絶景の場所であっても代わりに大風が吹いたり、温泉が多くても火山由来の災害が多かったり、南の島で気候は良くても危険生物が多い・台風被害が多かったりなど、つまり風光明媚な場所の反面には必ず危険 リスク も潜んでいるということです。 詳しくは『』ページに書かせてもらいましたが、『居住リスク』がまったく無い土地というのはありえないと思いますので、移住するその土地や今住んでいる土地にある居住リスクに対して、正しく知って出来うる範囲で備える、ことが大事だと考えます。 ー 海 ー なんといっても私たちが向津具で一番好きなのは、向津具の海です。 移住地探しの旅で、西日本~沖縄の離島まで各地で潜りましたがここ向津具の海はその中でも有数の豊かさの残る場所だと思っています。 私たちの言う『豊かさ』とは水の透明度が良いことやカラフルな熱帯魚がいることではありません。 そこの海からの海産物などの恵みでどれだけ自給自足ができるのか、どれだけ多くの魚種がいるのか、どれだけ多くの海藻が生えているのか、どれだけ汚染が少ないかなどの、いわば『海の健康度・海の中の生物多様性』のことです。 全国的に海洋汚染や磯焼け現象が進む中、まだこの向津具には豊かな海が残っていることを、移住地探しの中で各地で素潜りをしてみて実際に体感しましたし、資料などを調査してもそれを裏付けてくれるデータがたくさんあります。 biodic. env. 向津具には確かにまだ豊かな海が残っていると思います。 ただしかし、全国の森林の半分が人工林になろうとしている今の時代に、自然豊かな向津具の海も、人の出す汚染物質や山からのミネラル供給不足などが原因でその豊かさが脅かされているのが現実です。 これは向津具だけではなく日本全国どこにでもある問題ですが。 自給自足の大先輩であり、向津具の海から塩を作り出している百姓庵さんも、 何年も前からここ向津具の海を守るための取り組みをされています。 わたしたち新たな移住者も自給自足の生活を目指すとともに、ここの自然を守っていくためにできることをしていかなければいけません。 私たち向津具コミニュティのメンバーは、 それぞれが独立した生活を営んでいますが、食・エネルギー・医療 自然療法 などの生活に必要なものの自給を目指し、それぞれが生産した物や思い、人やお金ができるだけ地域、コミニュティ内部で循環し、お互いが質の高い暮らしが送れるよう、有機的なつながりのあるコミニュティを目指していきます。 また、ここ向津具半島の豊かな海や森の自然をいつまでも守るため、それぞれが持続可能性に配慮しながら生産したものを、地域の外へも提供していきたいと思います。 自給自足生活をしながら塩を作る百姓庵も「先輩移住者の声」として紹介されています。 ですがその代わりに、『生活を営む』という観点から見れば上記に挙げたように決して他の場所に劣らない豊かな土地であると感じています。 素晴らしい景色、温泉、比較的温暖な気候、それに豊かな海もあります。 実際に暮らしてみて向津具半島は本当に良い土地だと感じています。 しかし私たちの大好きなここ向津具半島も決して理想郷ではありません。 大陸から日本への黄砂や越境大気汚染などのグローバルな環境汚染なども騒がれて久しいですし、ひとたび周りの地域や国で何かが起これば、その影響もグローバルな時代です。 しっかりと日々の生活を大事にしながらも、今ある自然、社会、人との関わりを守っていきたいと思います。

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西日本一の美しい棚田。山口県の向津具(ムカツク)半島の絶景【t】

むかつく 半島

ムカツク半島(向津具半島)に渡り、楊貴妃の墓へ まずは、楊貴妃について簡単におさらい。 楊貴妃は、中国古代、唐の玄宗皇帝が寵愛した皇妃(719年〜756年)。 安史の乱(あんしのらん)の責任をとって死に追いやられています。 よくクレオパトラ、小野小町と並んで「世界三大美人」に数えられる、などと紹介されていますが、実は世界三大美人なるもの日本だけの考え。 しかも小野小町は残念ながら世界的には無名の存在です。 さてさて、噂の楊貴妃の墓は、ムカツク半島(向津具半島)のなかほど、長門市油谷向津具下(むかつくしも)の境内にありました。 出迎えてくれるのは高さ3. 8mという巨大な大理石製の楊貴妃像。 期待も高まります! 二尊院60代住職の田立智暁(ただてちぎょう)さんによれば、 「寺に残る古文書は、二尊院55代目の恵学和尚が1756(宝暦6)年に村に伝わる伝承を集めたもの」とのこと。 この文書(もんじょ)に、756年、半島西側の唐渡口(とうどぐち)に空艫舟(うつろぶね)が漂着。 乗船する女性のうちの一人が長安郊外の馬嵬坡(ばかいは)で命を絶ったはずの楊貴妃だったと記されていたのです。 二尊院(楊貴妃の里) 二尊院に伝わる楊貴妃伝説の信憑性は? さらに二尊院境内には楊貴妃の墓と伝わる「五輪塔」があり、楊貴妃伝説を裏付けています。 地元長門市が、こんな観光資源を見逃すはずもなく、二尊院周辺を「楊貴妃の里」として、桜の広場、展望広場、散策路、イベント交流広場、中国風休憩所などを整備しています。 さらに中国山東省原産(山口県と山東省は友好協定を締結、山口県外で栽培しないことを条件に入手)の「肥城桃」(ひじょうもも)を30本植栽。 この肥城桃、楊貴妃が好んで食べたと伝わる桃なのです。 楊貴妃伝説で町おこしを図る長門市に対して、歴史家はクールな視線です。 まず、楊貴妃の墓といわれる五輪塔。 舎利(遺骨)を入れる容器しての五輪塔は、平安時代末期から見られる日本独自のスタイル。 しかも二尊院のものは鎌倉時代頃の五輪塔。 つまりは、「奈良時代に死んだ楊貴妃と、明らかに年代があわない。 楊貴妃伝説も、後世の作」というのがいわゆる歴史学的な検証です。 楊貴妃の墓と伝わる五輪塔 検証1 ムカツク半島は、古代に中国との玄関口だった? ムカツク半島。 漢字で書くと向津具(むかつく)半島。 かなりドキドキさせる名前ではありますが、向かつ国(むかつくに)、つまりは、中国を意味する地名とも、向か津=中国や朝鮮半島への玄関口となった港(津)が地名の由来ともいわれています。 いずれにしても古代には大陸との交易があったちだということが容易に想像できる地名で、明治以前には向津具上村、向津具下村がありました。 最近の研究では、弥生人は中国南部から山口県東部の海岸(土井ヶ浜など)に上陸したことが明らかになっています。 つまりは大陸との交易を背景にした伝承とも考えられるのです。 検証2 楊貴妃の墓が五輪塔であるのはおかしい? 向津具半島の先端部にある向津具王屋敷(むかつくおうやしき)遺跡から、日本列島では4例しかないという有柄銅剣が出土しています。 向津具半島には未知の弥生時代巨大集落(古代のクニ)があったのではと考えられているのです。 さらに、ここで重要なのは遺跡の発見の状況。 明治34年、暴風雨による地滑りの復旧工事の際、「石積み基壇を有する五輪塔」が崩落し、その下から有柄銅剣が出土しているのです。 ということから推測して、五輪塔であるのは後世の改変とも説明ができるので、「五輪塔だから楊貴妃の墓でない」という科学的な判断材料にならないのは明らかです。 検証3 では楊貴妃は本当に日本に来たのか? 楊貴妃氏が死んだとされる2年後の天平宝字2年(758年)、渤海から渤海大使・揚承慶らを随行して帰国した遣渤海大使・小野田守(おののたもり)が奈良の大和朝廷に対して、反乱の発生と長安の陥落、渤海が唐から援軍要請を受けた事実を報告しています。 淳仁天皇はこの報告に基づいて、北九州・太宰府(大宰大弐・吉備真備)に警戒態勢をとるように指示しています。 奈良時代、唐の政変が日本の外交にも影響を与えていたことはこの事実からも明確です。 しかしながら遣唐留学生・阿倍仲麻呂が楊貴妃を日本に連れてきたという伝承は、安禄山の乱による混乱で帰国を断念しているので、史実に反します。 結論からいえば、向津具半島は、当時、大陸との交流があった可能性が高いこと。 大きなクニがあったこと。 そして唐の混乱で脱出した人々が漂着した可能性もあることになります。 検証をすれば、義経がジンギスカンになった伝承(義経北行伝説)よりはリアリティがあることがわかります。 授業で習った「カルスト地形」。 地表に露出した石灰岩が雨水などで浸食されて誕生した地形のこと。 実は、日本各地にこの石灰岩地帯はあるのですが、日本三大カルストと呼ばれる大規模な奇観は、有名な秋吉台(山口県美祢市)、四国カルス... カテゴリ: ,• 日光東照宮の神馬(しんめ)の厩舎(きゅうしゃ)である神厩舎の長押には、人間の人生を表す合計で16匹の猿が彫られています。 そのうち、もっとも有名な猿が「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿(さんえん・さんざる)です。 厩舎に... カテゴリ: , , ,• 日本一高い山は、富士山ということは知られていますが、では2番というと・・・。 案外知られておらず、南アルプスの北岳で標高3193m。 山男ならベスト3はスラスラのはずですが、実は、近年、3番めは、奥穂高岳(北アルプスの最高... カテゴリ:• ダムの大きさは堤高でも表現しますが、その機能を考えると総貯水容量も大切。 水がめの役割は、発電だけでなく、上水道、工業用水、農業用水、さらには洪水防止と多目的に活用されているのです。 さらに加えて、湖上遊覧など観光スポット... カテゴリ:• 商売繁盛、芸能上達の神様として知られ、繁華街などにも祀られているのが「お稲荷さん」と通称される稲荷神(いなりのかみ、いなりしん)。 日本三大稲荷とされるのが、伏見稲荷大社(京都市)、笠間稲荷神社(茨城県笠間市)、そして豊川... カテゴリ: , ,• 古代のヤマト王権の大王や、地方の豪族が築いた古墳。 とくに前方後円墳は、墳丘長486mという大仙陵古墳(仁徳天皇陵)を筆頭に巨大古墳の上位に君臨しています。 なんと巨大古墳は27位までが西日本に築かれていますが、ベスト10に... カテゴリ: , ,• 2019年6月21日(金)~7月21日(日)=第1期、7月27日(土)〜なくなり次第終了=第2期、千葉県鎌ケ谷市の小杉園(鎌ケ谷市観光農業組合)で『桃もぎとり』が行なわれます。 初夏の味覚である桃を手頃な料金でもぎと... カテゴリ: , ,• 平成6年に竜神峡に架けられた歩行者専用の吊り橋「竜神大吊橋」は、12年の長きにわたって日本一の地位を守りました。 それに代わって1位となったのが九州・大分県の九重"夢"大吊橋。 平成18年10月30日に日本一を奪取し、多くの... カテゴリ: , , , , , , , , , ,• 6月26日は、6(ろてん)26(ぶろ)の語呂合わせで、露天風呂の日、黒部ダム観光放水開始、世界初のA4型ノートパソコン「DynaBook」発表の日、菅原道真が雷神になったという伝説が生まれた平安京内裏・清涼殿に落雷の「雷... カテゴリ:• 日本国内の巨木・巨樹は環境省の「巨樹・巨木林データベース」が基本。 ところが、北金ヶ沢のイチョウ(青森県深浦町)のように、平成7年に民間団体が雑誌に発表してから、調査が入り「日本第3位の巨木」と判明したものもあります。 カテゴリ: , , , ,.

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