ヒロミ。 鈴木ヒロミツ

鈴木ヒロミツ

ヒロミ

スポンサーリンク 若い頃のヒロミの性格とは!!• 本名:小園浩己• 生年月日:1965年2月13日• 出身地:東京都八王子市 いつも明るくめちゃくちゃおもいしろいヒロミさんですが、実は幼少期はかなり内気な性格でいつもヨナヨナしていたんですよ。 このことから周りから「こんにゃく」というあだ名をつけられていたヒロミさん。 そんなヒロミさんのお父さんは根っからの九州男児でありヒロミさんは非常に厳しく育てられたそうです。 そんな幼少期を送っていたヒロミさんの性格は、高校で一変! 地元では非常に有名になるくらいのやんちゃな行動を繰り返す若者になったんです。 しかし、歌手である松田聖子さんの大ファンという一面もあり、コンサートの警備員スタッフとして働いていた過去もあるんですよ。 警備員は、普通であれば舞台と反対側を向かないといけないのですが大好きな松田聖子さんを見るために 警備そっちのけで舞台を向いていたというエピソードもあります。 大事故で生死をさまよった?芸能界に入るきっかけとは! ヒロミさん、実は芸能界に入るまでに一度社会人をしていた過去があるんですよ。 日産自動車の販売会社で1年間セールスマンとして働いていたんです。 しかも若い頃から非常に成績優秀な社員だったそうで、いつも成績はトップクラスであったんです! しかし働いていた時代に自動車の事故に巻き込まれていしまい、なんと内臓破裂するくらいの大けがをしてしまい一時重体、生死をさまよったんです。 当時、かなり深刻な状況であったので医師からも家族に向けて「もう諦めてください。 」とまで言われていたんです。 しかし長時間の手術の結果、一命を取り留めたのです。 この事故がきっかけとなり人間はいつ死ぬかわからない、生きているうちに好きなことをしようと考え、 以前から興味があった芸能界の世界に入ろうと決心したのです。 デビュー早々やけどを負った?! 1986年に芸能界デビューをしたヒロミさんは、デビット伊東さん、ミスターちんさんと共にコントグループ 「B21スペシャル」を結成してお笑い芸人として活動をしました。 非常に当時人気を博したグループでもあり、デビューから4年後にはゴールデンアロー賞芸能新人賞を受賞したんですよ。 新人時代から成功を遂げてきたヒロミさんなのですが、1991年9月放送の「1or8」という番組にて、 大量のロケット花火を背負って宇宙へ行こうという企画があり、ヒロミさんが挑戦した時にやけどを負おうという 事故にあってしまい入院するまでになってしまいました。 ちなみにこのやけの事故がきっかけとなりこの番組も打ち切りとなってしまいました。 そのやけどの後、ヒロミさんは所属事務所を独立し、社長に就任することになりました。 社長になってピンで活躍する場が増えてしまっためコントグループ「b21スペシャル」は解散してしまいました。 それにしても若い頃の写真の画像を載せていますが、ヒロミさんかなりのイケメンだったんですね。 しかもヒロミさんだけではなく他のメンバーも非常にイケメンだったんですね。 当時、女性ファンもおおかったんじゃないでしょうか! スポンサーリンク 芸能界から干された過去も! 社長として就任したヒロミさん、プライベートではみなさんご存知の松本伊代さんと結婚しましたよね。 私生活でも芸能人としても順風満帆と思いきや、ヒロミさん40歳になった頃から元々のきつい芸風を批判されるようになっていきました。 時代のせいなのでしょうか・・・しかしヒロミさんは自身の芸風を批判されてもこのままでいきたいと考えて芸風を変えることはしませんでした。 その事でさらに批判される事になり、2004年頃には次々にヒロミさんの番組は終了していってしまったんです。 そしてヒロミさんのレギュラーは全て終了、テレビの世界から姿を消してしまいました。 当時、非常に落ち込んでしまったヒロミさんはアメリカに留学しようと考えていました。 その時に相談した人、全員が賛成をしたんですが堺正章さんだけが「逃げちゃダメだ!絶対に逃げるな!」と本気で反対してくれたそうなんです。 この言葉がきっかけとなりヒロミさんはアメリカ行きをやめジムを経営し、なんと年商三億円以上を稼ぐ実業家になったんですよ、すごいですよね。 ヒロミさん再ブレイクの現在 テレビの世界から姿を消してから本気で引退も考えていたんですが、たくさんの芸能人がヒロミさんの芸能界復帰を臨んでいたんですよ。 その中でもとんねるずの木梨憲武さんが「お前なんて好き勝手に生きてきたんだから、これからも好きかって生きたらいいやん!」といいました。 その言葉からヒロミさんは芸能界に復帰をしようと思い始めたんです。 完全にテレビ界から姿をけした8年後にヒロミさんは「さんまのまんま」出演にて復活したのです。 復活してからはテレビ番組はもちろん、若い頃から得意であったリフォームなどの番組に力を入れ活躍しているんですよ。 今現在ではおもしろい番組にはかならずヒロミさんがいるというくらいに大人気タレントになっています! まとめ いかがでしたでしょうか。 若い頃大人しい性格だったなんて、今現在のヒロミさんからは全然想像がつかないですね。 そして、事故に巻き込まれての生死をさまよった過去、そして花火事故でのやけど・・。 本当に大変な思いをされてきたんですね。 芸能界を干されてしまっても見事に現在復帰し、今では非常に大活躍しているタレントになりましたよね。 若い頃の写真の画像、本当にイケメンでしたね。 今現在もイケメンですが若い頃はさらに・・・! リフォーム番組など私も大好きでいつもみています。 今後ともまだまだたくさんの事に挑戦していってほしいですよね、ヒロミさんの活躍から目が離せません。

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ヒロミ、アンジャッシュはNG!「一生ダメ」

ヒロミ

タレントのヒロミ(55)が21日放送の日本テレビ系「超踊る!さんま御殿!! 」(後7・56)に出演。 「自分は人間がちっちゃいなと思った時」というコーナーで自身主催の「八王子会」にお笑いコンビ「アンジャッシュ」を呼ばなかった理由を明かした。 ヒロミは「俺がちっちゃい話なんですよ」と言いながら3月に開催された八王子出身の芸能人が集まった「八王子会」の裏側を告白した。 ヒロミはロックバンド「マキシマムザホルモン」のナヲ(44)に「どんだけ集まるかやってみろ。 俺が店を用意するから」と八王子会開催を提案。 そして「アンジャッシュどうします?って聞いてきたときに『やめておこうかな』って」と言ったそうで、呼びたくない理由を「渡部、すごい飯屋詳しいから」と明かした。 「アンジャッシュ」の渡部建(47)は美食で知られており、ヒロミは加えて「さんまさんの番組で、さんまさんとご飯に行くと、しゃべってばかりで焼肉を全然食べない。 肉がかわいそうだから、一緒に行きたくないって言っているの思い出して、さんまさんでああいうことになるなら、俺ならもっとひどいことに…と思って、これはやめた方がいいって」と明かし、1人だけ呼ぶ訳にもいかないため、渡部だけでなく相方の児嶋一哉(47)も含め「アンジャッシュ」をNGにしたと明かした。 そのまま会を開いてみたら、「THE YELLOW MONKEY」の菊地英昭と菊地英二、高橋みなみ、「KICK THE CAN CREW」のLITTLE、カリスマホストのROLANDらがズラリと集まり盛り上がった。 「次、いつやろうって話したけど、決まらないんですよ。 でも一つだけ決まったのは、アンジャッシュはNG。 一生ダメ。 それだけは決まった」と笑った。

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ヒロミ、アンジャッシュはNG!「一生ダメ」

ヒロミ

同郷のアンジャッシュとの関係性を明かした。 最近は先輩タレントだけではなく、YouTuberのフワちゃんなど若い世代にも八王子生まれが多くなってきたというヒロミ。 「八王子会」を企画し、ロックバンド「マキシマム ザ ホルモン」のナヲに人集めを依頼したという。 すると彼女が「アンジャッシュどうします?」と、2人の参加について尋ねてきたそう。 これに対してヒロミは 「……やめとこうかな」とポツリ。 その理由として彼は、渡部建が以前、明石家さんまと焼肉を食べたときのエピソードを思い出したのだとか。 それは、さんまが食事中、喋るばかりで肉を焦がしてしまうため一緒に店に行きたくないと不満を漏らしていたというもの。 そこでヒロミは「『渡部はやめて』と言った」と、彼だけは呼ばないでほしいとお願いしたと話した。 だが相方の児嶋一哉だけ呼ぶわけにはいかないと、勢いで「もうアンジャッシュ、ダメ」と言ってしまったという。 実際この後、八王子会を開催。 THE YELLOW MONKEYのメンバーやROLAND、高橋みなみなど多くの同郷タレントが参加したそう。 その際、次の開催時期については決まらなかったものの、「1つだけ決まったのはアンジャッシュ(の参加)はNG」という項目だったと改めて言及。 参加者から「一生ダメなんですか?」と聞かれたヒロミは、「一生ダメ」と明言していた。

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