大河ドラマ 視聴率。 歴代大河ドラマ視聴率ランキング

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大河ドラマ 視聴率

ドラマの視聴率、関西地区と関東地区の差が話題に! 最近、 関西と関東の視聴率の差がネットなどで話題となっています。 関東地区では近年、夜間のテレビ視聴が減っている傾向があるのに対して、関西は以前と変わらない視聴率を保っていますよ。 話題のドラマでも関東の視聴率が10%程度であれば、関西では13%程度の視聴率があるようです。 どのドラマであってもだいたい3%近く違いがありますよ。 この差のことを「西高東低」とも言われており、気になっている人も多いようです。 しかし視聴率はあくまでもドラマの面白さを測るものではないので、あまり気にする必要はありませんよ。 ドラマの視聴率、西郷どんはどれくらい? 現在放送されているNHK大河ドラマの「西郷どん」。 初回視聴率は15. 終盤を迎えても今の所の最高視聴率は第5話の15. 身体を鍛えてきた鈴木亮平が出演する回でもあったので、そのために上昇したのではないかと言われています。 その後も錦戸亮や瑛太の出演シーンなどの豪華なメンバーが揃っているので、最終回のあたりでまた伸びてくるかもしれませんね。 いよいよ終盤になってきていますが、最終的な視聴率もどこまで伸びるか気になりますね。 欠かさず見ているという人も多いのではないでしょうか。 2018年前期に放送された「半分、青い」でも期間平均視聴率は21. その中でこの数字がキープされ続けている朝ドラは、毎年非常に注目されているドラマとも言えますね。 主演の女優をはじめ、脇役も豪華なメンバーであることが多いのが注目され続ける理由でもありますが、ドラマの内容も視聴者の期待に応え続けていることも大きな理由ですよ。 ドラマの視聴率、大河はどれくらい? 大河ドラマの視聴率は12. 番組内容によって高低差はありますが、最高視聴率は一番高くて2008年に放送された「篤姫」が29. 全話通しての平均視聴率が一番高かったのは、2008年の「篤姫」で24. 篤姫は宮崎あおいがヒロインを務めて非常に話題にもなったので、普段大河ドラマに興味があまりない人でも記憶にあるのではないでしょうか。 各ドラマに出ていた俳優や視聴率の水位が気になる方は、まとめたサイトもいくつかありますので、ご覧になってみてはいかがでしょうか。 html は分かりやすくまとめてあり、比較もしやすいですよ。 ドラマの視聴率、大河ベスト10は? 大河ドラマの歴史もとても長くなってきていますが、歴代視聴率が最も高かったランキングをご紹介します。 8%「おんな太閤記」主演は橋田壽賀子(1981年放送) 6位:31. 11時点 1960年代から1980年代の作品が多くなっていますね。 知らない作品があるという人も多いのではないでしょうか。 大河ドラマファンなら時が経っても楽しく見られる作品ばかりなので、時間があるときに見てみてくださいね。

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大河ドラマ2019いだてんの視聴率は低い?関西と関東の違いと1話から5話までの推移まとめ!

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1979年1月7日から12月23日まで放送された大河ドラマの第17作目「草燃える」は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武将である源頼朝と、北条時政の長女であり源頼朝の正室、北条政子を主役にした作品です。 源頼朝を演じたのは、「開運!なんでも鑑定団」でも活躍していた石坂浩二さんで、「極道の妻たちシリーズ」の顔とも言える女優の岩下志麻さんが北条政子を演じています。 「暴れん坊将軍シリーズ」や「マツケンサンバ」で話題を呼んだ松平健さん、アイドル歌手である郷ひろみさん、「3年B組金八先生シリーズ」の金八先生である武田鉄矢さんらも出演しており、非常に豪華な大河ドラマと言えるでしょう。 平均視聴率26. 1986年1月5日から12月14日に放送された「いのち」は、大河ドラマ第24作です。 大河ドラマとしては珍しく、第二次世界大戦終戦後の日本が舞台となっており、オイルショックや集団就職などの事件も忠実に描かれています。 ベテランの大女優、三田佳子さんが主役を務めており、丹波哲郎さん、役所広司さん、吉幾三さんら大物俳優が脇を固めた傑作です。 平均視聴率は29. 当時の大河ドラマは、視聴率の低迷が心配されていたため、昭和時代を舞台にした同作は、全5シリーズ展開する予定でした。 しかし、トラブルやNHK側の方針によりシリーズは凍結され、2019年の新作「いだてん~東京オリムピック噺~」が決定するまでの32年間、一度も昭和時代以降が舞台の大河ドラマは発表されませんでした。

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大河ドラマの視聴率ワースト3のランキング、最下位はどの作品?

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第6位 太閤記 1965年放送平均31. 制作は昭和40年、今から50年以上も前の作品です。 若き無名の俳優に過ぎなかった緒形拳さん大抜擢の理由は「猿に似た顔」というのが一番の理由だったのだそうです。 しかしこの主演のチャンスをものにして、緒形拳さんは名優への道を駆けあがっていったのです。 その様はまさに主人公の豊臣秀吉と同じサクセスストーリーですよね。 さらにこのドラマで織田信長を演じた、同じくほぼ無名の存在だった高橋幸治さんもこの役をきっかけとしてスターダムにのし上がりました。 そしてこの信長・秀吉コンビが復活したのがこの作品から13年後の「黄金の日日」だったのです。 粋な事しますな、NHKさんも 笑。 そして「秀吉」の所でも言いましたが、もう一回言います。 やっぱり日本人は秀吉が好きなんですよ。 第5位 おんな太閤記 1981年放送平均31. キャストは泉ピン子さんや赤木春恵さん、長山藍子さん、前田吟さん、東てる美さん、沢田雅美さんなど橋田ファミリーと呼ばれる俳優さんが多く出演していらっしゃいましたね。 これもまた豊臣秀吉の出世を陰ながら支えた妻・ねねを描いた物語です。 何度でも言いましょう、本当に日本人は秀吉好きなんです 笑。 第4位 赤穂浪士 1964年放送平均31. 聴いた事のない日本人はいないのでは?という程ですよね。 まさに赤穂浪士といえばこの曲です。 そしてそれは大河ドラマ第2作目となったこの「赤穂浪士」で生まれました。 大河ドラマの歴史の始まりは第1作目の「花の生涯」ですが、大河ドラマの人気とその後の流れを決定付けたのはこの2作目の「赤穂浪士」でしょう。 大河枠を国民的ドラマとしての地位へ導いた大功労者といってもいいドラマですね。 この「赤穂浪士」で現存するものは7話の一部と吉良邸への討ち入りを描いた47話「討入り」のみだといわれています。 唯一全部のこっているその第47話「討入り」は大河ドラマの各話最高視聴率の53%を記録しました。 この最高視聴率は大河ドラマ史上最高視聴率であり、52年以上経った今も破られていません。 恐らくこれから未来永劫破られる事のない記録でしょう。 スポンサーリンク 第3位 春日局 1989年放送平均32. 9位の「いのち」、5位の「おんな太閤記」に次いで歴代高視聴率10作品のうち3作品が橋田作品となります。 凄いのは、橋田寿賀子が手掛けた大河ドラマは3作で、その3作全てを大成功させたことでしょう。 こんな脚本家は後にも先にも橋田先生だけです。 驚くべきはこの歴代3位に入った「春日局」の初放送日。 なんと、お正月元日の1月1日なのです。 この元日放送は結果的には大失敗に終わります。 元日に放送された第1話「父の出陣」の視聴率は14. 平均視聴率32. 4%のドラマなのにたったの14%だったのです。 この後2話から30%に乗せて軌道に乗ったのはさすがですが、元日放送パターンはこの作品が最後となりました。 そんなスタートだったのにこの平均というのが逆に凄いですよね。 第2位 武田信玄 1988年放送平均31. まさに大抜擢でした。 しかも肖像画のイメージもあって恰幅のいい信玄のビジュアルイメージとは似ても似つかない細面の中井さんの起用はかなりインパクトがありましたね。 しかしそんな心配もどこ吹く風、始まれば大河初出演とは思えぬ重厚な演技によって若き日の武田家嫡男の武田晴信から信玄入道となって志半ばで倒れるまで素晴らしい武田信玄となりました。 この「武田信玄」ですが、とにかくその作風は質実剛健で硬派そのもの。 俳優も重厚なベテランから脂の乗り切った中堅、そして生きのいい若手までバランスよく配置され、それぞれが生き生きとしていました。 なぜ信玄が甲斐の虎と呼ばれ、郷里の甲斐では今でも「信玄公」と呼ばれて敬われているのかがよく分かるドラマでした。 それまでは人気において大きく引き離されていた感のあるライバル、上杉謙信との差は、このドラマによって確実に縮まった事は間違いありません。 とにかく素晴らしい大河ドラマでした。 山本正純さんのオープニングも神懸っていましたね。 風から林、火、そして最後は山へと「風林火山」の旗を彷彿とさせる映像とドラマチックで壮大な音楽、まさにこれこそ大河のオープニングだという見本のような名曲です。 ま、全てにおいて凄いという事ですね 笑。 さすがは歴代2位の高視聴率を取ったドラマですよ。 第1位 独眼竜政宗 1987年放送平均39. 「世界のワタナベ」こと渡辺謙さんの大河初主演作品です。 原作は山岡荘八、脚本はジェームス三木、音楽は池辺晋一郎という安定の布陣に加えて、まだ若手の脇役ながらもほとばしるようなオーラを放つ若き日の渡辺謙を主演に迎えたこの作品は、「山河燃ゆ」「春の波濤」「いのち」と3年続いた近現代史大河ドラマ路線によって戦国時代のドラマを求めていた大河ドラマファンの熱狂をもって迎えられました。 まさに「大河ドラマの帰還」に相応しいほどのクオリティを持つ作品だったからこそのこの視聴率だったのです。 伊達政宗の幼少期、梵天丸 ぼんてんまる 時代を演じた藤間僚太君 現:8世藤間勘十郎 の「梵天丸もかくありたい」は名セリフとして人気になり、一気に人気が加速、その人気は衰えるどころかますます加速し続け、最高視聴率は最終回の47. 8%でした。 うなぎ上りとはこのことでしょう。 連ドラの視聴率が10%で御の字といわれる今の時代を考えても、ハッキリ言ってこの独眼竜政宗の記録が抜かれる日は訪れないと思います。 それほどまでに前人未到の数字なのです。 1987年~1989年 昭和62年~平成元年 の3年の作品がトップ3の快挙 文中で何度も述べたように、テレビ離れが加速し始めた21世紀以降の作品はこの歴代視聴率トップ10には1本も入っていません。 これはある程度予想していた方も多いでしょう。 驚くべきはトップ3です。 なんと、1987年、1988年、1989年という3年間の作品が1位2位3位なのです。 年代別のトップ10内訳は以下の通りとなっています。 1960年代 2作品 1970年代 0作品 1980年代 6作品 1990年代 2作品 2000年以降 0作品 大河ドラマの良作が揃っている70年代の作品がないのが意外ですね。 80年代が圧倒的に強いという印象です。 1位の独眼竜政宗の数字は無理としても、何とかこのトップ10に入る作品がこの21世紀に出てくるのを期待したいですね。 大河ドラマ視聴率ランキングの中位、ワーストについては以下の記事をご覧ください。

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